わたしたちの暮らす神様のお庭の姿や声をお届けできたら幸いです(*´ω`*)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑


29vd.jpg




「モノじゃない キモチが大切」
とは言うけれど

「モノに込められた想い」
だってあるよね


「自分はモノでして欲しいわけじゃないし」
「モノなんて望んでない」と
贈り物を単なる『物質』としてしか受け取れていない人
モノを贈られても自分は何ひとつ返そうと(考えも)しない人


それは果たして
”ココロを大切にしている”
ということになるのだろうか


たったひとつの飴玉だって


「喉痛いって言ってたよね」


それだけで嬉しいなありがたいなって
ほんわかしちゃうのが人なんだよ


飴玉が嬉しいんじゃなくて
心配してくれたというココロが嬉しいの


手紙一通に添えられていた貝殻だって
そこに至る過程を想うからキュンとくる



昨今スピリチュアルな考え方が
ブームになっているせいなのか

「物質中心の価値観なんて」
「こんな世界構造は崩壊すべき」と

そこに込められた想いまでも軽んじられてしまっているのが悲しい



ものも想いだよ



世界中全てのものが想いのカタチだよ



”ココロが美しいヒトは花を贈り
欲にまみれたヒトはブランド品を贈る”




込められた想いを感じとることもせず
最初からそう決め付けるココロの方が淋しい



”プレゼントなど贈らなきゃいい”
”モノなんて本来必要のないもの”



込められた想いを受け取っておきながら
そう切り捨てられるココロの方が貧しい



精神世界を賛美し
物質世界を嫌悪するあまり


大切なものを見失っていませんか
大切なひとを傷つけていませんか


崩壊するのは物質世界なのではなく
あなた自身なのかもしれません




スポンサーサイト
2012.02.09 / Top↑
Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。