わたしたちの暮らす神様のお庭の姿や声をお届けできたら幸いです(*´ω`*)

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誰(た)がために鐘は鳴る、と尋ねるなかれ。

そは常に汝(な)がために鳴るものなり



OSHOの講和より抜粋
↓↓↓
その鐘が誰のために鳴っているのかを
訊きに人をやってはいけない。
その鐘は常に汝のために鳴っている。

たった今死んだのが誰だとしても、
その死は常に自分の死だ。

なぜなら
人の死はすべて
自分は永久にここにいるのではないということを、
思い出す縁(よすが)だからだ。

人の死はすべて
目を覚ますための機会だ。

死がやがてやってくる前に
死を超えたものを達成するために
生の機会を使いなさい。

この瞬間をどう使うかはその人次第だ。
恐慌に陥ることもできれば気が違うことも有り得る。
恐怖にしびれ涙にくれることもできる。

だがそれでは自分の家族にも自分の友達にも
或いは自分の愛する者にも何の役にも立ちはしない。

それは自分にとっても何の役にも立たない。

死がやって来る前に
死を超えたものを達成するために
生の機会を使いなさい。

危険にさらされているのは自分の両親、
自分の友人、自分の愛する者だけではない。

全世界が危険に晒されているのだ。
今日危険な目に合うものもあれば、明日危険な目に合うものもあるだろう。
が、いずれにせよ危険はある。

としたら、その危険の超越の秘法を学ぶのだ。
その秘密というのはもっとトータルに
もっと全身全霊で生き始めるということだ。

そうすれば自分の中に
死の手を触れることのできないものを見つけることができる。

それこそが唯一の避難所、唯一の防衛、唯一の安全だ。

もしあなた達が自分の友人家族を助けたいと思うなら
その人たちにこの秘密を教えてあげなさい。




(今震災後色々なことを考えすぎて
眠れなくなったり涙が止まらなくなったり

こんなことしてたって何にもならないとわかっていても
心から悲しみが溢れ出し辛くて苦しくて止まらなかった

「あの人はわたしなんだ」
「でもじゃあどうしてあの人なんだろう」

”これを教訓に学びましょう”
”この経験を活かして今後に役立てよう”

そんな前向きな言葉すら残酷に思えた

”地球にとっては必要な浄化”
”大きな宇宙の計画のひとつ”

スピリチュアルな視点すら救いにならなかった

『死は全てを別つものではない』
『魂は不滅』

そうだとしても

瓦礫に埋もれた我が子の亡骸の前で
泣き崩れるていたあの父親は
車の中で息絶えた娘の頬に
手を触れていたあの母親は

愛という深い絆があるからこそ
身を引き裂かれるような
生き地獄を味わっている

幼い娘と妻両親全てを失い
自ら命を絶ったあの男性は

その地獄から抜け出す為に
抜け殻になった自らの魂を救ったのだろう
生きる為に死んだのだ

死によって絆と記憶をも失われるなら
人はこんなに苦しむことはないのに

温かな記憶優しい思い出
多くの愛の糸を紡いだ者ほど
絶たれた時の苦痛は大きい

それでも人はひとりぼっちで生きてはいけない
愛したい愛されたい幸せになりたい

心はまた糸を紡ごうと
細い糸を作り出すだろう
いつか誰かと愛の糸を紡ぐ為に
それが”人”と言う生き物だから

死が顔を近づけて来たとしても
生という輝きから
最後の一瞬まで目を逸らすことはできない

輝きに身を焦がしながら
燃え尽きるまで走り続ける

神様やっぱり
生きることは大変なことだね

ありがとう
おつかれさま

生きてくれた命に
生きてくれている命に)





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2011.04.07 / Top↑
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